【BUBKA 8月号】《欅坂46 二期生全員集合SP》「緑に溶ける。」グラビア&決意表明ソロインタビュー 武元唯衣

5月に日本武道館で行われた「欅坂46 3rd YEAR ANNIVERSARY LIVE」。

一期生の熱によって二期生の9人は緑に溶けた。

緊張から解放され、先輩たちが作り上げてきた世界観の住民になり、一心不乱に踊る姿は、誰がどう見ても立派に欅坂46の一員であった。

「青は藍より出でて藍より青し」ということわざがあるが、身も心も緑に染まった9人が、輝きを増し、濃さを手に入れて、いつか「21人のあのステージ」を超えてくれると信じてる。

満身創痍のアニラ

――武元さんはダンススキルの高さで注目を集めていますが、4月のおもてなし会、5月のアニバーサリーライブでのパフォーマンスはどのように自己評価していますか?

武元 正直、この2ヶ月半は悔しさしか残っていなくて。もうリベンジしたいって気持ちしかないです。なにも納得できていません。……自分に甘かったです。

――それはまた……なにがあったのか、詳しく教えてもらえますか?

武元 おもてなし会の前に検査してわかったんですけど、実は両スネを疲労骨折していたんです。本当はお医者さんに出たらダメだって言われていたんですけど。それによってしっかり練習できなかったことがすごく悔しくて。結局本番しか足を動かしたらダメだって言われたので、リハーサルでは上半身だけ動かしたりポジションの確認だけさせてもらいました。その状況が本当に悔しくて悔しくて、もうたくさん泣きました(苦笑)。私は踊ることがいちばん好きなのに、それを制限されることは本当につらかったです。

――確かにそれはリベンジしたくなりますよね。じゃあ、おもてなし会のステージは実質的に一発勝負だったわけですか。

武元 そうですね。ただ、私としては怪我のせいにはしたくなくて。疲労骨折していて満足のいくパフォーマンスができなかった悔しさももちろんあるんですけど、途中自分のなかで一度心が折れてしまったんです。練習することができないんだったらもう無理だって。そう思ってしまったことがすごく悔しい。

――なるほど。

武元 とにかく怪我のせいにはしたくないんです。いまはまだ治療中なんですけど、だいぶ痛みも治まってきたので欅共和国では絶対にリベンジしたいなって。欅共和国が別に私のリベンジのためにあるわけではないということはわかっています。でも、やっぱり私は支えてくださった先輩たちに恩返しをしたいんです。

――この一件を通じてダンスに対する意識に変化はありましたか?

武元 いままで怪我をしたことがなかったから、普通に踊れることのありがたさがよくわかりました。原因は自分にあるので、もうちょっと筋肉をつけたり体の使い方も考えないといけないなって。これからはもっと自分に厳しくしていきたいです。


――グラビア&インタビュ―の続きは絶賛発売中のBUBKA 8月号にて!


たけもと・ゆい
2002年3月23日生まれ、滋賀県出身。渋谷川ではなく琵琶湖で育った欅坂46三番目の「ゆいちゃん」。そのDNAを受け継いだかのようなパフォーマンス力で、二期生のダンシングクイーンとしてグループを引っ張る。愛称は「ゆい」。