【BUBKA 1月号】乃木坂46 川後陽菜 グラビア&インタビュー 「Departure day」
出会いと別れはいつも突然だ。
1 3 歳で乃木坂4 6 の一員となった、川後陽菜。
あれから7 年という歳月が過ぎ、先日「卒業」という一つの選択肢を選んだ。
新たな道を歩み出す前に、彼女がこの場所にいたという証の一端を、グラビアとインタビュ―で残しておきたいと思う。
区切り
――卒業についてはいつ頃から具体的なことを考え始めたんですか?
川後 いつだったかな? わりと最近です。急に思いました。乃木坂46に入ったときに、20歳までは絶対に続けようと思っていたので。だから、本当に急に「よし、今だ!」って思いついたんですよ。だから、特に何か大きなきっかけがあったわけじゃなくて、キリがいいしぐらいの感覚でした。
――それこそ、10代をほぼ乃木坂46で過ごしてきたわけですし。
川後 13歳、中学生からなので、本当に学生時代の全部が乃木坂46でしたね。
――振り返ってみて、乃木坂46に入ってからの10代ってどういう期間でしたか?
川後 修学旅行にも行けたし、学校に友達もいたし、わりとそれなりに学生生活は送れていたんですよね。プラスアルファで仕事して、この世界にいるわりには普通でいられたというか。あ、でも普段大人の中にいたので、落ち着いてるねって言われることも多くて。
――その落ち着きも、もし普通の学生生活だけを送っていたら……。
川後 こうはなってなかったなと思います。ずっと(橋本)奈々未とかまいまい(深川麻衣)とか(高山)一実とか年上とばかり、友達感覚で喋っていたから(笑)。
――一番感化される時期に年上の子たちに囲まれて育ったら、そりゃあ落ち着きますよ(笑)。そんな自分をどう思います? こういう性格でよかったなとか、逆にもっと弾けてもよかったのかなとか。
川後 10代らしく弾けたかったなとは思いますね。乃木坂46の中だと派手っぽい感じに思われがちなんですけど、でもそんなことはなく(笑)、はしゃいだりすることもなかったので、そういうことはやれたらよかったかなとは思います。
――1期生や2期生には、あんまりそういう空気を作る子たちがいませんでしたし。
川後 わりとみんな静かめなので。3期くらいになると若いな、って感じがしますけど。でも、(吉田綾乃)クリスティ―とか年上だし、それは不思議なんですよ。普通に学校にいたら、もはや先輩なわけじゃないですか。なのに、3期生としてすごく温かい目で見ちゃうんですよね。ライブでも3期生だけでパフォ―マンスしているとき、裏でモニタ―で観ていると「ホント若い! 可愛い!」とか言ってるし(笑)。でも、その余裕が出てきたのは本当にこの1年ぐらいのこと。そもそも2期生とも仲良くなったのも去年ぐらいだし(笑)。
―― グラビア&インタビューの続きは絶賛発売中のBUBKA 1月号にて!
かわご・ひな
1998年3月22日生まれ、長崎県出身。
卓越したセンスで数々の名作を世に生み出した、乃木坂46の糸井重里こと川後P(代表作:聖母)。愛情と少しの毒がケミストリ―を起こした秀逸な「あだ名」は、彼女が去った後も未来永劫語り継がれるだろう。愛称は「ひな」。
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